I love you

目の当たりにする理不尽な死、様々なことへの割り切れなさ。呪いと隣り合わせで生きていると、そういうことが当たり前になる。でも、当たり前だと思うことと、それに慣れるのは似ているようで全く違う。
少しだけ酒を引っ掛けて帰ったのは、現場の理不尽な泥を家に持ち込みたくなかったからだ。すぐにでも彼女に会いに帰りたかったけれど、まとわりついてしまった不穏な感情を薄めて自分を麻痺させないと、どうしても彼女に会えないと思ったから。
彼女はかわいくて、綺麗で、真っ白だから。

ドアを開けて、リビングの灯りと彼女の姿を見た瞬間、張っていた気が一気に解けて、酷く喉が乾いた。
「おかえり、……悠仁くん?」
「ん、ただいま」
「……お酒飲んだの?」
「うん、…一杯だけ」
嘘だ。結構飲んだ。珍しく酔っている。
「……なにかあったの?」
「んー?……何もねぇよ。ごめん、水飲みたい」
キンキンに冷えた水を一気に飲み干して、溜め息を吐く。
彼女の華奢な腰に手を回して引き寄せる。胸の中に閉じ込めた彼女は小さくて、あたたかい。
「……顔、なんだか疲れてる」
「そう?別に疲れてねーよ、……ん、今日もいい匂いする」
彼女は背中にそっと手を添えてくれる。そのやわらかい髪に深く顔を埋めた。シャンプーのあまい香りが、胸のつかえを少しずつ溶かしていく。
「……お仕事、大変だった?」
「いや、……うん、ちょっとな」
「そっか、」
「大丈夫だって。怪我もしてねぇし」
「……わたしには話せないこと?」
「ん?……なんで、どうした」
「本当に大変なことは、わたしには教えてくれないのかなって、思って」
頭上から聞こえてくる、か細い声。顔を上げると、寂しそうな瞳が俺を見つめている。かわいい。酔いが回る。
「……そういうことじゃなくってさ、」
掠れた声で呟きながら、彼女の目元に触れ、指の腹でやさしく撫でた。瞬きがゆっくりになる。長いまつ毛がぱちぱちして、かわいい。
「だって……嫌なこととか、あったのかなって思ったから」
「んー。あったけど、…けどそういうことは、おれ一人で抱えとけば十分ってだけ」
「……でも、」
「なぁ」
そっと彼女の身体を抱き直す。
「#name#ちゃんを仲間外れにしてるわけじゃねぇよ。……これはおれの勝手な我儘だから」
酒のせいで熱を持った俺の身体に、彼女の柔らかい体温がぴったり密着する。
「#name#ちゃんはただおれの隣で、笑ってくれればいい」
不安そうに揺れる彼女の瞳をじっと見つめ返した。
「やってらんねぇことも、どうしようもねぇことも、色々あるよ」
「……うん」
「でもさ、ここに帰ってきたら、好きな女の子がいて、やさしく笑ってくれるだろ。それにおれは救われんの。ほんとに」
苦しみを共有したいわけじゃない。俺が見てしまった景色を一緒に感じてほしいわけじゃない。天使みたいにやさしいこの子の心や、平穏な生活を守りたいだけ。
すがるように、彼女のおでこにそっと唇を寄せた。
「#name#ちゃんはいっつもかわいくてさ、やさしくおれの名前呼んでくれんじゃん。……そういうのが、すげぇ嬉しいから」
「……うん」
「勝手でごめん。……でも、笑っててよ」
「うん、……わかった」
「……あんまりわかんねえって顔だなぁ」
彼女を軽く持ち上げて、膝の上に跨らせる。かわいい顔が真正面にある。あー、かわいい。
「なぁ、今日あった楽しいこと、おれに話して」
「……そんなことでいいの?」
「いいよ、ていうかそれが一番好き」
そっと顎を掬い上げて、軽くキスする。彼女の頬はじわじわ赤くなって、恥ずかしそうに胸元へ顔を埋めてきた。
「……なんか、悠仁くんずるい」
「はは、ずるくていいよ。……おれ、#name#ちゃんの声もっと聞きたい」
髪をそっと撫でる。
彼女が話してくれる日常の出来事たちを、俺は相槌を打ちながら静かに聞いていた。

2026-09-19