春風みたいな男の子

虎杖悠仁は、大学の同級生だ。明るくて人懐っこくて、でもベタベタするタイプではなく、例えるなら爽やかな春風みたいな男、だと思う。
人を惹きつける不思議な魅力を持っていて、男女関係なく、気がついたらあいつのことを好きになってしまうのだ。ただ本人にはその自覚がないらしい。好かれるための小細工をしないところが、さらに好かれる要因になるという、割とスゲーやつなのだが、本当に春風みたいにみんなの周りをすり抜けて、爽やかに去って行ってしまう。
あいつが向かうのはいつも彼女の元だ。そうやって大切に想っている相手がいることを、意外にも虎杖は自慢しない。だからあまり知られてはいないけど、俺はよく一緒にいるからわかる。

虎杖悠仁、彼女のことが大好きなのだ。

彼女のことを語る虎杖を久しぶりに見たのは、この間の飲み会の席だった。
男五人が集まって、近況報告とか昔話とか、そういうたわいない話をするだけの会。全員集まれたのが久しぶりということもあって、会は結構盛り上がった。虎杖は状況を読む力があるというか、いつも空気を読んで場を盛り上げてくれるし、馴染めてないやつがいると進んで声をかけるような人間だけれど、今回はそんな必要もないメンバーなので、ジョッキを煽りながらにこにこと笑っていた。
「んでさ、虎杖」
「ん?」
「お前はどうなのよ、彼女と」
話題はいわゆる恋愛話に移っていて、それぞれ最近彼女とどうだとか別れたとか、そういう話が繰り広げられていた。当然、虎杖にも順番が回ってくる。
「どうって、普通よ、普通」
「普通ってなんだよ」
「別に変わらずやってるってことだよ」
そう言って目を伏せながら穏やかに笑う虎杖を見ると、それ以上突っ込む気が失せてしまった。だって普段、そんな顔しないのだ。聞いてくれるなとは決して拒否しないのに、やんわりバリアを張っている。それも虎杖の優しさなのだろうけど、他人に触れさせないことで、自分と彼女の関係性を大切に守っているような感じがする。
「いつも幸せそうにしてくれてっから、おれも癒されるよ」
思わず言葉に詰まる。幸せの純度が高いというか、眩しいと言えばいいのだろうか。眩しすぎる。
「でももう付き合って長いだろ?全然俺らに紹介してくんねーよな」
「え、そうだっけ」
「一回も会ったことない、よな?」
同意を求められて、深く頷く。そういえば、確かに一度もちゃんと会ったことがない。
「あ、俺一回だけ見たことあるわ。大学で」
「マジ?」
「うん、たぶん三ヶ月くらい前だけど。かわいかった」
「そうなの?虎杖」
「うん、かわいいよ。おれ大好きなんよね」
そう言ってはにかみながらジョッキを傾ける虎杖。眩しい。眩しすぎる。男四人、何も言えなくなってしまった。彼女本人がいないところでも堂々と好きだと言ってしまえる、その人間性とか、その想いの真実性とか。眩しいです。
その圧倒的光量に眩暈がしながらも、俺達の心は今、ひとつだと感じた。
虎杖が幸せなら、それでオッケー!
俺達に紹介しようがしまいが、虎杖が彼女のことが好きで、彼女も虎杖のことが好き。それで全然、良いです。
謎の連帯感に包まれながらこちらもビールを流し込んでいたら、テーブルに伏せて置かれていた虎杖のスマホが震える。パッと明るく表示されたその画面を、俺は見てしまった。
「あ、もうこんな時間か」
「虎杖、もう帰んの?」
「ん、ごめんな。めちゃくちゃ楽しかった」
多めの札をテーブルに置いて、上着を羽織る虎杖は心なしか楽しそうというか、ウキウキしている感じで、多分、いや絶対、これから彼女に会いに行くのだろう。
じゃあ楽しんで、と本当に春風のように去って行った跡地に、俺達のため息が静かに響く。ゴクリ、と落ち着かせるために口に含んだビールは、思ったよりも爽やかに苦かった。
「……なあ、見た?虎杖のスマホの待ち受け」
「………見た」
「彼女、だよな?あれ」
「彼女だなあ」
「そうだよなあ」
一瞬でちゃんとは見えなかったけど、彼女の笑顔の写真だった。たぶん、虎杖に向けたものだろう。眩しい。眩しすぎる。
きっと虎杖は、彼女に会えないときもあの笑顔を見て癒されたり、自分を鼓舞したりするのだろう。
今俺は、天を仰いでいます。
「絶対彼女に会いにいくんだよな、あれ」
「そうだよなあ」
「要はさ、俺らよりもそっちを優先したわけじゃん」
「まあそうだな」
「なのに何でかな、何も腹が立たない」
「わかる」
「虎杖も色々忙しそうだけど、彼女と会えてるといいな」
「そうだな」
虎杖が帰って、ある意味二次会がスタートしたわけだけど、俺たちはあの爽やかな空気に引きずられ、しばらく二人の話題で盛り上がることになった。

もうすぐ彼女の笑顔に会える頃だろうか。
待ち受け画面に映った、あの笑顔をぼんやり思い出しながら、夜は更けていく。

2026-02-07