その攻防戦は、バスタオルを握りしめた彼女が意を決したように俺に近づいて(かわいい)、宣言したのが始まりだった。
「…お風呂、今日からひとりで入るね」
堂々としたその宣言に、雷に打たれたような衝撃が走る。
「……え、なんで?」
「な、なんでも」
なるほどなるほど。そう来たか。なんか心臓がドキドキしてきた。ここは焦らず、とりあえず押し切れるかどうか試してみる。
「そっかそっか、教えてくれてありがと」
「……う、うん」
「でもさ、汗かいたっしょ?一緒に入ろ」
「……だ、だめ。ひとりで入る」
「なんで?」
「な、なんでも」
流れで頷いてくれるかと思ったけれど、だめだった。なるほど、めずらしく頑固だ。かわいい。とはいえ、風呂に一緒に入れないのは絶対まずい。非常に良くない。なぜなら俺が寂しいから。絶対に嫌だ。一度深呼吸する。
「……なんで入りたくねえの?理由教えて?」
「…だって、」
「うん」
「ゆうじくん、えっちなことばっかりする、から」
「……そ、っか」
なるほどなるほど。心当たりがあるか?と問われたら、そりゃもう大アリなんですけど。お風呂でのあんなことこんなこと、彼女のかわいいところえろいところ、色んな思い出、全部存在する記憶が脳内に溢れ返る。全部記憶してるから。確かに、えっちなとこばっかりしてる、かもしれん。でもここで認めるのはよくない。俺が寂しい。
「え、した?」
「したよ、……き、昨日だって、洗ってあげるとか言って、結局そういうことになった」
「だってそれは、#name#ちゃんがめちゃくちゃかわいかったからで」
「わ、わたしのせいにしないで」
顔を真っ赤にしてタオルをぎゅっと握りしめる彼女。かわいすぎて、全然怖くない。ごめんな。怒られるのはわかってるのに思わず笑みがこぼれる。そんな顔されたらさ、ますます触りたくなっちゃうんだよな。
「……なあ、お願い」
「…だ、だめ」
「一緒に入ったほうが節水になるし、地球に優しいんよ。地球に優しい男にさせて」
「だめ」
「お風呂で語り合うと仲良くなれるってニュースで見たし」
「そんなニュースないよ」
「この前、背中届きにくいって言ってたっしょ?単純に洗えてるか心配なの、おれは」
「ひとりで大丈夫」
「……じゃあ、髪洗うだけ」
「やだ」
「なんで」
「だって絶対触るもん……」
むぅ、と頬を膨らませて目を逸らす彼女。逆効果なの、わかってるんだろうか。なんでそんなにかわいいん。別に風呂場じゃなくても、なんならここで色々始めたって、いいんだけど。なんて多少意地悪なことを考えてしまうけど、今は彼女が真剣に話してくれているから実行には移さない。彼女の言うことは、ちゃんと最後まで聞いたほうがいい。聞いてあげたい。そういうのが大事だって、ちゃんと知っている。
「触んない。絶対。誓う」
「ぜ、ぜったい?」
「絶対触らんよ。ほんとに。髪の毛と背中以外は触んない」
「……せ、背中触るの?」
「流すだけ、マッサージとかしないから。シャンプーも美容師さんみたいにやさしくするだけだから」
「ほんとに?」
「ほんとに」
拝むみたいに手を合わせて近づくと、彼女は少し困ったように笑う。かわいい。あとひと押し。
「……そもそも、なんでそんなに一緒に入りたいの?」
「…なんでって、」
「は、裸だったらベッドでも見てるし、それじゃだめなの?」
だめなんよ。全然ちげーの。なんて説明しようか迷って、言葉に詰まる。ベッドでするのだってもちろん好きだけど、風呂で見る彼女の身体とか、お湯のあたたかさ、湯気、鏡、とか。全く別物で、どっちも最高なんだよな。
とは言えなくて、脳内をフル回転させてちゃんと説明を考える。
「……おれさ、一緒に湯船浸かって、今日あったこと聞くの、好きなんよ」
「………」
「ふたりだけの時間って感じがするから、おれはすごい好き」
見つめながら答えると、その頬が少し赤くなった。
「やだったらタオル巻いて入ったらいいよ、おれもそうするから」
「……それじゃ洗えないもん」
「でもほんとに、触んないし。おれのためだと思って、ちょっとだけ…だめ?」
「……ほ、ほんとにそれだけ?」
「それだけ」
「ぜったい?」
「うん、ぜったい」
息が詰まるくらいにかわいい顔で見つめられて、思わず「ぜったい」と何度も頷いてしまう。わかってる。ここで笑ったらアウトだ。真剣な顔でないと信じてもらえない。かわいすぎて、口元がすぐ緩みそうになる。油断するな、俺。
「………じゃあ……いいよ」
「マジ?ありがとう」
思わず抱きしめると、彼女はちょっと困った顔で抱きしめ返してくれた。
「じゃ、行こ」
「……ほんとに背中と髪だけだよ」
「うん、わかってる」
そう言いながら、彼女の手を引いて洗面所に向かう。落ち着いたはずの心臓が、だんだんと高鳴り出す。背中と髪だけ。脳内で何度も何度も、呪文のように繰り返す。湯気で火照った頬、照れながら笑う顔も濡れた髪も身体も、全部全部かわいいのを知ってるから。今日は約束したから、と思うんだけど。
でも。だめって言ったのに、と赤くなった彼女に怒られるのも悪くないんだよな、と思ってしまう。一度思ってしまったら、……約束は守れるかどうか、わからない。
「あがったらさ、おれが身体拭いて、髪乾かしてもいい?」
「……うん、いいよ」
結局、そのあと怒られながら髪を乾かすことになるんだけど。そんな時間もしあわせで。何をしてもかわいい彼女の、甘い髪の香りに包まれながら、俺は精一杯真剣な顔をして、彼女のお説教を聞いていた。