ムーンライト

はっきりとした理由があるわけじゃない。でも、彼女を抱き締めて髪を撫でて、彼女を構成するパーツひとつひとつに触れていると、確かにそれは眼の前にあるのに、手からこぼれ落ちることを想像して怖くなることがある。たぶん、俺の悪い癖だ。
ずっと一緒にいたい。失いたくない。ずっと好きでいてほしい。溢れてくる不安や執着を抑えつけるように、彼女を押し倒した。そしてそのままセックスしてしまった。そういう感情を悟られないように気をつけてはいたけど、いつもより手に込める力が強くなかったかとか、自分本位になってなかったかとか、終わってから気になってしまう。
ぐったり横たわる彼女の身体を丁寧に拭く。結局どろどろにさせてしまった。もう日付はとっくに変わっている。
「……悠仁くん」
「ん?」
「今日はなんか…いつもと違った」
「…そう?」
やっぱり、バレてた。何でもない風に返事をしたけれど、どうして?と言いたげな瞳は溢れそうに揺れていて、ごまかせそうになかった。
「……なんか、離したくないなって思って」
汗で貼り付いた彼女の前髪を整えて、その頬を撫でる。
「だから色々強かったかも、……ごめんな」
「わたし、どこにも行かないよ」
真っ直ぐこちらを見て、そうやって迷いなく答えてくれるのが嬉しくて、おでこに唇を押し付ける。うん、ちゃんと伝わってるよ。眠そうなその表情がいとしい。俺が理由もなく突然不安になってしまうその理由を、この子は知ってくれている。それだけでよかった。
「ごめんな、もう寝ていいんよ」
「でも……悠仁くんは?」
「#name#の寝顔見たら寝るよ」
そう言うと彼女は安心したように笑って、そして目を閉じてくれる。穏やかな寝顔。それを見つめてから眠りにつくのが好きだ。俺しか知らない、俺だけに見せてくれるものだと知っているから。そういうものが、自分がここにいる理由を強くしてくれる。
すぐに聞こえてくる寝息。完全に眠ったのを確認して、ベッド周りに散らばった服や毛布を拾って畳む。Tシャツは彼女に着せてしまったから、とりあえず下着だけ履いた。
なんだか腹が減って、そっとベッドを抜け出してリビングに移動した。そのまま流れ作業でケトルのスイッチを押す。
カーテンからは月明かりが漏れている。ソファーに座って、そのぼんやりした光を見つめていた。
今日もかわいかったな。思わず頬が緩む。
いつもいつもかわいくて、好きで好きで仕方ない。好きだと言うと笑ってくれるのが嬉しい。好きだよと返事をしてくれることが幸せだ。ずっと大切にしたいと思う存在がいること自体が、自分の生きる理由だ、と本当に思う。大げさかもしれんけど。彼女が笑ってくれたら何でもいい。その努力を惜しみたくない。
「……今週の休み、どうすっかな」
ようやく秋の気配が感じられるようになってきた。もう暑さを気にせず行きたいところに行けるのだ。今度はどこに行こう。スマホを開いて、良さそうなところを探した。彼女がいつか言っていた行きたい場所、食べたいもの、そういうことは全部覚えているから。
良さそうな候補をいくつかリストアップできたタイミングで、お湯が沸いた音がする。立ち上がってキッチンに向かう。戸棚に置いてあるカップラーメンにお湯を注いで、三分待つ。
ひとりで食べたこと知ったら、怒るかな。怒った顔もかわいいんだけど。
出来上がりを待ちながら、またスマホを開いて彼女の写真を眺める。遊びに行ったときのとか、家の中で撮ったやつとか、寝顔をこっそり撮ったやつとか。どんな彼女も忘れたくなくて、笑われるくらいいつも写真を撮ってしまう。隣に彼女がいないときに見ると、安心する。だからお守りみたいなものだ。
なんでこんなに好きなんだろう。見た目が好きとか性格が合うとか一緒にいて楽しいとか、そういう要素ももちろんあるけれど、それだけじゃない。何にも代えられない、彼女の存在自体が好きで仕方ないと、思うのだ。彼女だけが持つ心の芯みたいなもの。それはいわゆる、魂と言うんだろうか。
そんなことをぼんやり考えていたら、後ろからぎゅう、と別の体温に包まれた。
「……お、起きちった?」
「…起きたら悠仁くんいなくて」
「寂しかった?」
俺と同じくらい寂しがりやなの、かわいい。正面に向き直って、俺から抱き締め返す。
「ごめんな、びっくりさせちったな」
「……ラーメン食べるの?」
「うん、一緒に食う?」
そう聞くと、いたずらに誘われた子どもみたいに笑うから、それもかわいくて。一緒にソファーに座って、月明かりだけでカップラーメンを食べた。しんと静かな夜に、ふたりきり。それだけで幸せだと思う。
「身体、痛いとこねえ?大丈夫?」
「大丈夫だよ」
Tシャツの裾から覗く白い肌が目に入って、心拍数が上がる。いやいや、さっきあんなに無理させたから。思わず触りそうになるのを我慢して、代わりに手を繋ぐ。肩にもたれかかった彼女の柔らかな体温に、心が安らぐ。
「……おれさ、#name#のためならなんでもできるなって思うよ」
「……いきなりどうしたの?」
「いや…理由とかは別にないけど、ここでさっき考えてて」
繋がれる手の力が強くなる。俺を見つめる彼女の瞳は透き通っていて、やさしくて、穏やかだ。
どれくらい好きかとか、大切に思っているかとか、もっと上手く説明できればと思うのに、そんなもどかしさをその瞳はすぐに溶かしてくれる。伝わっているんだと、わかる。
「わたし、悠仁くんが隣にいてくれるだけで十分だよ」
「……ありがと、おれも」
なんでこんなに好きなんだろう。それは言葉では上手く説明できない。どんな言葉を並べても、それは理由の一部であって全部じゃない。簡単には言い表せない何かがあるから、こんなにも好きなのかもしれない。
言い表せないから、こうして隣にいて、手を繋いで、見つめ合って、キスして、セックスして、抱き締め合って、生きていくのかもしれない。それでいいような気もする。
「……眠い?そろそろ寝よっか」
「……うん」
再び一緒にベッドに入って、また彼女を抱き締める。大好きな体温。そばにあるだけで安心して、少し離れるだけで寂しくて。
「悠仁くんも、ちゃんと眠れそう?」
「ん、でも#name#のかわいい寝顔見てからな」
目尻を撫でると、彼女は恥ずかしそうに微笑んでから目を閉じた。

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2026-02-09