ファッションチェック

玄関のぼんやりとした明かり。
その光にやわらかく縁取られた彼女の姿。かわいい。いや、違う。すぐ反射的に考えすぎた。今は、かわいいとか思っている場合じゃない。かわいいけど。
これは真剣な、俺と彼女の攻防戦なのだ。
「悠仁くん、どうかな?」
「……めちゃくちゃかわいい」
今夜、この子は俺のいない場所に行く。それだけで胸の奥が変にざわつく。ただの飲み会だと言われればそうだけど、男もいると聞いてしまったら色々と言いたくなる。別に否定したいわけじゃないのに。
「……ちょっと薄着すぎん?」
声が思ったより早く出てしまった。
「そうかな」
「今日さみいんよ、それだと風邪引く」
さり気なく胸元を見る。しゃがんだら見えそうだ。絶対だめだ。だってすでに思わず見そうになったし。俺が。
「大丈夫だよ、お店はあったかいし」
「外も歩くっしょ、つーか見えそうだからだめ」
「見える?どこ?」
「……おっぱい」
「なんで見るの、えっち」
「見えそうなんだって」
「かわいいのに」
「かわいいよ、それはそうだけど、心配になるからもう一枚着て」
「……わかった」
「あと、スカートちょっと短すぎん?」
「そんなことないよ」
「そんなことある。これは彼氏代表の意見だから。すげー正しいの」
俺がこんなにかわいいと思っているのに、他の男がかわいいと思わないわけがない。で、俺がいないところでこの肌や脚が披露されるのかと思うと許せない。絶対無理。
「その靴あぶねーよ、ケガする」
「そんなことないよ、ちゃんと歩ける」
彼女が履こうとしているブーツ、やたらヒールが高い気がする。俺がいるときなら支えられるけど、いないときにケガされたらたまらない。かわいくてやさしくて、人のことばっかり気にしているからすぐ自分のことが疎かになる。だから心配なんだよ、と思うけど、まあそれも建前で、本当は単純に彼女を独占したいだけなのだ。
不服そうな俺を見て、彼女がふと笑った。
「悠仁くん、過保護だ」
「過保護で結構です、おれは」
「悠仁くんの言うこと聞いてたら、ぜんぶ着替えなきゃいけなくなっちゃう。家出れない」
「出なくてもいいよ、おれは」
「……せっかくかわいくしたのに」
「かわいいよ、何着てもかわいいよ」
「どうしてそんなぜんぶだめって言うの」
「かわいいから」
「かわいくなりたくてしてるんだもん」
「だめ。かわいいのだめ、思われちゃだめ」
「どうしてだめなの」
「それは」
「……それは?」
彼女の真剣な瞳に、思わず息が止まる。かわいい。動揺したのを隠したくて、強く抱き寄せた。
「………#name#ちゃんはおれのだからだよ」
全く筋の通らない話をしてるのは、わかってる。彼女がかわいいのと、何かに必死になって、俺は圧倒的に馬鹿になっている。そして彼女は出かける直前に理不尽なわがままを言われているにも関わらず、楽しそうに付き合ってくれている。圧倒的天使。
「うん、……わたしは悠仁くんのもの。だから大丈夫だよ」
天使、かわいい。
「じゃあね、ちゃんと上着だけちゃんと着るから。長くておしりも隠れるやつ。ね?だめ?」
彼女は一度寝室に消えていき、嬉しそうにカーディガンを持ってきた。
「これでいい?」
そしてくるっと一回まわって、確認してくれる。正直……めちゃくちゃかわいい。やめてほしい。そのまま黙ってカーディガンのボタンを全部留めて、脚やおしりを隠した。
「ボタンしない方がかわいいのに」
「大丈夫、してもめちゃくちゃかわいいから。すげーよ、世界初」
何に着替えてもかわいい以外の感想が出てこない。普通に俺だけが嬉しいファッションショーじゃないのか、これ。これが無料なんですか。
「……ん、この格好ならいいから、ちゃんとコートも着て」
「うん」
「ヒール、気をつけて」
「うん」
「走っちゃだめ」
「うん」
「知らん人についていかんで」
「うん、いかないよ」
「酔ったら、すぐ電話して」
彼女が笑う。
「悠仁くん、お母さんみたい」
「彼氏だし」
コートの襟を軽く整えるふりをして、顔を寄せた。おでこ同士を合わせて、真っ直ぐ見つめる。キラキラ光るそのまぶたや、唇。今日は俺のためじゃないのが悔しい。
「……ちゃんと、帰ってきて」
低く出た声は、かすれていた。彼女はちゃんと頷いてくれる。
「うん。連絡するね」
「迎え行くから」
「でも遅くなっちゃうし、寒いよ?」
「遅くて寒いから行くんだよ」
少しでも一緒にいたいから、行くんだよ。それは言わなかった。夜道は危ないとか、酔ってちゃんと上着を着ないまま歩いて風邪を引かないかとか、そんなおせっかいみたいな心配ももちろんあるけれど、要は俺が寂しい。一緒にいられる時間が一秒でも長いと嬉しい。
ドアの前で、彼女が振り返る。視線が合って、一瞬だけ、間ができる。
「……いってらっしゃい」
自分で言っておいて、胸の奥が縮むような感じがする。たかが数時間一緒にいられないだけなのに、俺はまるで子供みたいだ。
「いってくるね」
彼女は笑って小さく手を振る。ゆっくり、ドアが閉まる。玄関に残ったのは、彼女の香りと、さっきまでそこにあった温度だけ。
「……はぁ」
壁に背中を預けて、息を吐く。好きすぎるって、たぶんこういうことだ。あと数時間すれば、俺は駅前まで彼女を迎えに行って、多分飲み過ぎだとか無防備すぎるとか怒って、彼女に笑われるんだろう。酔ったあの子、かわいいんだよな。だから心配なんだけど。
しんと静まったリビング。寂しさをごまかしたくて、テキトーに映画を選んで流すことにする。次々流れてくる映画のタイトルを流し見していると、スマホが光った。彼女からのメッセージ。忘れ物でもしたんだろうか。そう思いながら、すぐタップした。
“お洋服たくさん見てくれてありがとう”

……目の前にいないのにかわいいのはずるい。

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2026-02-07