彼女の隣は、嘘みたいによく眠れる。
呪術師になってから、いつの間にか深く眠らない癖みたいなのがついてしまっていて、誰かのそばでぐっすり、それこそベッドに沈むように眠ることがあるなんて、考えたこともなかった。穏やかに眠る資格も必要もないと思っていた時期だってある。
彼女の寝顔を見るのがすきだ。穏やかでかわいい寝顔、その静かな寝息を隣で聞きながら眠りにつく。時々その頬や髪に触れて存在を確かめる。いなくなってしまわないかなんて、馬鹿馬鹿しい心配をしてしまう。
目覚める瞬間がすきだ。隣に必ず彼女がいる。一番に目にする景色が彼女で嬉しい。
その夜は、ようやく長期の任務が終わって家に帰ってこれた、そんな夜だった。今日は何月何日だっけ。スマホの日付をちらっと見る。いつもなら彼女の寝顔を見てから目を瞑るのに、スマホを握りしめたまま、先に自分が眠ってしまった。
そして、夢を見た。夢の中で、いつかの記憶を反芻していた。
「悠仁くんは、クリスマス好き?」
そう聞かれたのはいつだったんだろう。すぐにうまく答えられなかったことを覚えている。クリスマスと言われて思い出すのは、小さいころに爺ちゃんと過ごした冬のあたたかな記憶。すべての背景には冷たくそしてあたたかい雪がある。そして、東京にやってきてから経験したあの、瓦礫と焼け焦げた匂いのする景色。正直、こっちはあまり思い出したくない。
そもそも年末年始は呪術師にとって繁忙期で、そんなイベントを楽しむ余裕なんてなかった、と言ってしまえばそうなんだけど。
「……好きでも嫌いでもないよ」
クリスマスが好きだといつも言っていた彼女に向かってそう答えてしまったことを、今でも少し後悔している。
◇
カーテンの隙間から差し込む朝日で目が覚める。
「おはよう、悠仁くん」
「…ん、おはよ」
もう起きてたん、と呼びかけると毛布の中で彼女が笑った。かわいくて胸がきゅっとなって、思わず抱き寄せる。朝の光の中、その髪をゆっくり撫でる。疲れがゆっくりと溶けていく。冬の朝は冷たくて、あたたかい。ここは雪は降らないけれど、不思議と懐かしい気持ちになる。
「ひさしぶりにお休みが被ってうれしい」
「……そっか、今日おれ休みか」
忙しすぎて日付すら曖昧だ。昨夜もやった気がするけど、またスマホを開いて日付を確認する。12月25日。
「………もしかして今日、クリスマス?」
もう今年が終わろうとしていることにも驚いたけど、結構なイベントを忘れていた自分が怖かった。そもそも去年はどうしてたっけ。まだこの子と付き合ってなかったし、とにかく今年と同じくらい忙しかったから、なにひとつそれらしいことはしなかった気がする。
ベッドサイドに遠慮がちに置かれた小さなツリーが目に入る。数週間前に彼女が飾ったものだ。そうだ。そのとききっと、この子はクリスマスの話をしたかったはずだ。でもちょうど出張が入って、お互い忙しくなってできていなかった。……っていうのは言い訳なんだけど。
腕の中の彼女を、さらに強く抱きしめる。すっぽり布団と俺の腕に包まれて、首から上だけ出ている姿がかわいい。
「……んなあ、」
「うん?」
「今日さ、でっかいツリー買って、ケーキも買って、チキンも買って、クリスマスやろう」
「……いいの?」
「いいんよ、今日休みだし」
「…でも、ちゃんと休んだほうが」
「だーめ、いいの、おれがやりたいの」
遮るようにそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。その表情が見れて嬉しい。できることはなんでもしてあげたい、しようと誓ったのに、忙しくなるとどうしてもこぼれ落ちそうになる。
「……ごめんな、ここ最近」
「どうして謝るの?」
「一緒にいれんかったし、全然話せてなかったし」
「そんなことないよ、たくさん電話も連絡もくれてたよ」
「……クリスマス、一緒に過ごせて嬉しいよ」
「うん、わたしも」
そのおでこにキスして、体温と体温をすり合わせる。鼻をかすめる甘い香り。やわらかい肌の感触、体温。
彼女といると、記憶がやわらかに上書きされていく。幼い頃の思い出はさらにやさしく補完され、辛い記憶はその鋭さが丸くなる。
彼女と過ごす日常がすきだ。非日常と隣合わせで生きているけど、だからこそここにいて、彼女の隣にいて、一緒に過ごして、一緒に眠る日々がすきだ。
「…あのさ、」
「うん?」
「クリスマスもさ、そうじゃない普通の日もさ」
「うん」
「こうやって一緒に過ごせるなら、おれ全部すきだから」
前はうまく答えられなかったけど。
伝わったかどうか、何度も確かめるみたいにまた抱きしめる。夢で反芻したあの会話を、彼女自身が覚えているかどうかはわからないけれど。でも、俺の背中に回った彼女の小さな手が、ゆっくりやさしく撫でてくれる。伝わったんだと、なんとなくわかる。
「悠仁くん、サンタの衣装着てくれる?」
「………それは#name#が着てくれたほうがおれは嬉しいんだけど」
そのままさりげなくおしりを撫でたら、かわいく怒られてしまった。
メリークリスマス。