イタドリ、飲み会に登場する

虎杖くん呼んでよ。

合コンメンバーを探すときは必ず言われるセリフだった。
「こないだも断られたし、多分ずっと来ないって虎杖は」
「今回はわかんないじゃん。聞いてみてよ」
「だったら自分で聞けよ」
そんな不毛な押し問答。何度目だろう。
人懐っこくて友達が多くて、場を盛り上げるのも上手い虎杖は、合コンにうってつけというか、そういう場をセッティングするとなった時、すぐ思い浮かぶのだ。
まあ女子達が何度も急かすのは、単純に虎杖が「ノリがいいから」という理由ではない。それもわかっている。

要は、虎杖悠仁はモテるのだ。

背が高く筋肉質で所謂細マッチョ、なのに顔はかわいい系で、しかも性格もいい。嫌味がなくて穏やかでコミュ力が高くて…、と列挙し出すとキリがない。俺、褒めすぎか。
とにかく虎杖はモテる。本人には自覚がなくて、モテることに対する興味もあまりなさそうで、それがさらにモテる要因になるという、そういう仕組になっていた。
彼女がいるらしいと説明してみても、女子達は諦めない。別に彼女がいても合コン来る男はいる、とのこと。それはそうかもしれないけど。でも虎杖は別だと思う、とははっきり言えなかった。
「とりあえず聞いてみてよ」
「だからさ、そんな言うなら虎杖に直接聞けって」
「ん、おれがなに?」
「うおっ」
振り返ると虎杖が不思議そうな顔でこちらを見つめていた。そして女子達の顔色がパッと一瞬で明るくなる。そしてすぐに彼女たちに取り囲まれる虎杖。
「虎杖くん、今度また合コンやるんだけど、来ない?」
「あー…えっと」
「結構大規模で人数足りなくて。お願い!」
懇願された虎杖は気まずそうに頬をかいた。
「おれ彼女いるから行けんわ、ごめんね」
一切の嫌味なく、さらっと。でも有無を言わさないその感じに、「そっか」と答えるしかないこちら側。
「じゃ、ごめんおれ行くわ」
さらりと断り、後腐れなく去っていく虎杖の背中を見送る俺達。虎杖の、必要な会話が終わったら爽やかにいなくなるこの感じ、こちらだけがもう少し話していたかったな、と思っている、片想いで終わる感じ。
虎杖の背中を見送りながら、長いため息が出た。
「だから俺言ったじゃん、虎杖は来ないって」
「うーん……彼女があれこれうるさいからとかかなあ」
「そんな感じしないけどな」
「だったら普通の飲み会に呼んでよ、今度」
「え、おれ幹事ってこと?」
「得意でしょ、お願いね」

そうは言われたものの、一旦、無視しておこう。そう決めたのだが、後日すぐに催促の連絡が来る。虎杖も誘って早めにセッティングしろ、と。
なんとなく誤魔化して、再度スルーしようかとも思ったけれど、何度も催促されるのが目に見えている。仕方がないので俺はスマホを取り出し、画面に表示される「虎杖悠仁」の名前をタップした。電話はいつもだいたい三コールですぐに出てくれる。今回もそうだった。
「あ、もしもし、虎杖?」
「ん、どしたん?」
「いやあのさ…急なんだけど、来週の金曜とか土曜、空いてない?飲み会、やるんだけどさ」
「おー…、ちょっと待って」
一瞬で断られると思ったら、意外にもスケジュールを確認してくれているようだった。俺は来てほしいのか来てほしくないのかどっちだ。いや友人としては来てほしいけど。
「金曜ならいけっけど」
「マジ?!ありがとう」
「あ、でも最後まではいれんと思うけど、だいじょぶ?」
「うん、それは全然」
もう来てもらえるだけで、うん。最後までいられない理由は特に聞かなかった。なんとなく予想はついているから。
開催日が決まったところで、他のメンバーにも連絡する。「虎杖来るよ」を誘い文句に使うと、あっさりと人数が集まる。そんなことも経験上知っていた。

約束通り、本当に虎杖は飲み会に来てくれた。「あ、虎杖だ」「虎杖くんだ!」と歓声を浴びる虎杖。飲み会に来ただけでこの大歓迎。わかる。同じ空間にいるだけで、なにか嬉しくなるのだ。
虎杖は俺と目が合うと、笑って手を上げ、隣に座った。
「ごめん、遅れた。誘ってくれてありがとな」
「いや、こちらこそほんと、あの、ごめんな」
「ん?なんかあったん?」
「や、何もないんだけどさ…」
まさか女子達からの要望(というか熱望)で来てもらうことになったとは言えず、俺は曖昧に笑った。
ジョッキを掲げて、みんなで乾杯する。すぐに話題の中心になる虎杖。思えばこういう大人数の飲み会に来てくれたのも久しぶりかもしれない。色んな話題を投げられつつも、にこやかに対応する虎杖を横目に、俺はぼんやりとビールを流し込む。
普段、意外にも自分のことをあまり曝け出さない虎杖は、この機会を逃すまいと気合を入れている女子たちからインタビューというか、質問攻めにあっている。
そして話題はすぐに例の合コンの話になった。
「虎杖くんも来てほしかったな、会ってみたいって言ってる子結構いるのに」
「そうだよ、今度は来ない?」
「んー、おれ彼女いるんよね、だから行かんの」
虎杖の返事は前回と同じだった。
「…ねえ、もしかして彼女さんが厳しいとか?」
「あ、それわたしも気になってた」
むくれる女子達。その内の一人がとうとう、彼女のことを話題に出し始めた。虎杖が緩やかなバリアを張って、守っていたその聖域。
「いや、おれが勝手に断ってるだけで、彼女は関係ないよ」
その反応は至って穏やかだった。
そして、普通は恋人に合コンは行ってほしくないっしょ、と優しく笑う。周囲から、パリンパリンと恋が失われる音が聞こえてくるような気がする。
「虎杖くん、彼女さんと長いの?」
「……そうね、まあ五年くらいかな」
パリン。
あ、また心が割れる音がした。やめとけ、なんで無理にそんな質問するんだよ。ただ、俺自身も具体的な交際期間は知らなかったので、ちょっと驚いた。そんなに前からだったのか。
「な、長いんだね」
「うん、でもあっという間よ」
五年ということは、高校生の頃からということになる。
虎杖は昔話をあまり積極的にしたがらない。だからこちらも深くは聞かないし、どんな高校生活を過ごしてきたのかはわからない。ただ、彼女はその時から虎杖の側にいて、同じ時を過ごしてきた、ということなのだろう。眩しい。今回も、圧倒的光量。俺はその眩しさに正直目を瞑りそうになっていたが、女子達はなぜか引き下がらなかった。
「…そんなに長く付き合ってるならさ、考えたりするの?結婚、とか」
虎杖は怒らないと思うけど、それはあまりにもこちら側に急角度というか鋭利すぎる質問なのでは、と何故か俺だけがハラハラしてしまう。虎杖は変わらず優しく笑っていた。
「おれはしたいけど、これは相手の気持ちも大事だから、何とも言えんよ」
「………」
虎杖悠仁が完全優勝している。
だって、世界中探しても、これ以上の回答があるのか?いやないだろ。
感嘆する俺の向かい側で、なんというか、女子達が塵になっている。早く元に戻さないと…と俺が塵を回収しようとしたその時、虎杖のスマホが震えた。ごめん電話、と言い残して個室を出ていく。
おそらく、彼女からだろう。今日は最後まではいられない、と言っていたし。早く会えるといいな、なんて考えながら、塵と化した彼女達を呼び起こそうとするものの、なかなか再起できないようだった。わからんでもない。
そうこうしているうちに、虎杖が戻ってきた。
「ごめん、そろそろ帰んね」
「うん、今日はきてくれてありがとうな」
「楽しかった。また誘って」
そう笑顔で答える虎杖。立ち上がる直前、耳元でこっそり、彼女?と聞いてみると、はにかみながら頷いてくれた。彼女も別の飲み会に参加していたが、先ほど終わったから迎えに行く、らしい。
もう帰っちゃうの、という各所からの引き止めも特に効果はなかったし、虎杖は理由をわざわざ説明しなかった。
「虎杖くん、もう少しいたらいいのに」
「ごめん、また機会あったら誘って。…あ、そうだ」
「なに?」
「あのさ、合コンは行けんからさ、もう誘わんでほしい。ごめんね」
なんというか、それは優しい最終通告だった。
穏やかにそう言い放ち、また風のように去っていく虎杖に小さく手を振る。
女子達は再び塵になっている子もいれば、ビールを煽っている子もいる。こちらの夜は今日はまだまだ長そうだなあ、とぼんやりと思う。

虎杖、早く彼女に会えるといいな。
またそんなことを祈りつつ、俺もビールを煽る。

2026-02-07