イタドリを師匠と呼びたい

虎杖とはしょっちゅう会うわけではなかった。でもちょっとしたニュースがあったり、誰かに相談したいことができたら、いつも虎杖の顔が思い浮かぶ。あいつには言っておこうかな、そんな気持ちになる。
爽やかな春風。それが俺の勝手な虎杖のイメージ。それに吹かれたくなるときが時々あるのだ。
今日もそんなことがあって、自然とメッセージを打っていた。近々会おうよ。するとすぐに承諾の返信が返ってくる。それはかわいらしいうさぎのキャラクターがオーケーサインを出しているスタンプだった。きっと彼女からもらったものなんだろうと想像して、思わず笑みがこぼれる。

「虎杖、ひさしぶり」
「おー、ひさびさ!」
そこは二人でよく通っているラーメン屋。虎杖って、何食べる?って聞くとたいていラーメンか焼き肉、と答える。あ、あと回転寿司。
いつも頼むラーメン定食と一緒にビールも頼んだら、虎杖は嬉しそうに笑った。
「お、飲むん?じゃあおれも」
今日話そうとしていること、大した話じゃないといえばそうだけれど、なんとなく酒の力も借りたいなと思ったのだ。
すぐにラーメンと大盛りの白飯、餃子とビールが運ばれてくる。美味しそうな湯気を二人同時に吸って、勢いよく食べ始めた。ここの味はいつも変わらなくて、ある意味すごく普通で、ほっとする。
「で、どーしたん」
「ん」
「なんか嬉しいことあった?そんな顔してる」
「俺さ」
「うん」
「……その、彼女ができたんだけどさ」
「おー!おめでとう、言ってたバイトの子?」
「うん、そう」
アルバイト先の、ひとつ年下の女の子。シフトがよく被るようになった半年くらい前から気になっていて、何度かデートしたりしていた。経過報告というか、ちょっとした恋愛相談みたいなことを数回虎杖には聞いてもらっていたのだ。
「色々聞いてくれてたから、一応報告したいなと思って」
「ありがと、おれも嬉しい」
「それでさ、まだ聞きたいことがいくつかあって」
「ん?」
「長続きのコツとか、ある?」
そう聞くと、虎杖は箸を持った手を止めて、考え込んでしまった。意外にも難しい質問だったらしい。
「コツ…?コツかあ」
「だって付き合ってもう五年も経つんだろ。なんかあるだろ」
「うーん…ただずっと好き、ってだけで、別にコツとかねえよ」
それはアドバイスではなくただの惚気な気もするのだが、とりあえずそのツッコミは置いておく。
「まだ気が早すぎるかもしれないけど、倦怠期とかいつかくるのかなとか考えてさ」
ちなみに前の彼女とは、その倦怠期とやらを乗り越えられずこっぴどく振られてしまった、という散々な思い出がある。できれば同じことは繰り返したくない。うーん、と虎杖は再び唸った。
「倦怠期とかよくわからん。いまだにおれ、普通に緊張するし」
「え、いつ」
「…待ち合わせしてるときとか、ふたりで家にいるときとか」
「……それ、だいたいいつもな気がすんだけど」
「もちろん一緒にいて落ち着くけど、好きだったら緊張せん?普通に」
付き合いたての高校生みたいな返しに思わず笑ってしまう。俺たちに彼女の話をするときの虎杖は、いつも落ち着いて見えていたから。
「なにをそんなに緊張すんの」
「いや、しゃべってる顔見てると」
「うん」
「かわいいなと思って、なんか、心臓が」
「うん」
「………いやめっちゃ笑ってんじゃん!」
いまの虎杖の表情、彼女にも見せてあげたい。ずっとにやにやしてた。
「虎杖の話、全然参考にならなすぎて笑っちゃったわ」
ごめんて、とつられて笑う虎杖が持っていたジョッキを置く。そしてすっとひとつ息を吸って、言葉を選びながら静かに話し始めた。
「恋愛とかよくわからんけどさ、おれはさ」
「うん」
「付き合うことになったとき、ずっと一緒にいようって本気で思ってさ」
「……うん」
「それがホントの本気っていうか、人生でなにかを突き通すってそんなたくさんできんと思うけど、これは絶対突き通そうって、そう決めて」
伏し目がちに話す虎杖の声を、俺はジョッキも箸も置いて真剣に聞いていた。高校生の出逢いでそこまで決意を固くした経緯はわからないけれど、当時の虎杖が、彼女との関係性を真剣に考え人生における大きな決断をしたのだということだけはわかった。かわいくてタイプだから好きとか気が合うから好きとか、もちろんそんな側面もあるのだろうけど、それだけではない「好き」の理由が、虎杖の中に数え切れないほどあるに違いない。
「……だからまあ、そう思えたら自然と長続きすると、思うけど」
虎杖は少し顔を赤くして、いやわからんけど、最後を濁した。お互いほとんどなくなったビールジョッキを見て、どちらからともなくおかわりを注文する。
「ほんとさ、虎杖は彼女のこと好きよな」
「…うん、大好きよ」
そう頷く虎杖の表情も、彼女に見せてあげたい。人が誰かを想う時、そんなやさしい顔ができるんだと、俺はいつも新鮮に驚く。
「俺も虎杖みたいに彼女のこと大切にするよ」
「お前なら別に大丈夫だと思うよ、誰かの真似とかじゃなくて」

二杯目のビールを勢いよく流し込む。
虎杖みたいに誰かのことを好きになれたら、と思う。でも同時に、自分にそんなふうにできるだろうか、とも思う。誰かを好きでいて、同じように好きだと思ってもらえること。簡単なようでとても難しいことを当たり前のように体現する虎杖が、なんだかとんでもない男に思えてきた。
「……俺、今日から虎杖のこと師匠って呼ぶわ」
「え、なんで!?」

2026-02-07