イタドリの部屋に遊びに行った

つい話に夢中になって終電を逃した。
気がついたら自宅までの電車はもうなくなっている。その時点でもう急ぐ気は失せて、千鳥足の友人をとりあえず駅まで送り届け、自分はどうしようか、このままのんびり歩いて帰るか、ほろ酔いの頭でぼんやりと考えていた。ぬるい風が吹き抜け、酔った身体を冷ましてくれる。
歩いて帰るとどのくらいかかるのか、タクシーならいくらするのか、とりあえず調べてみようと思い、スマホを取り出す。そこでふと思い出した。
そういえば、虎杖の家ってこの近くじゃなかったっけ。
一度か二度しか行ったことはないけれど、ここから数分の距離だったはずだ。虎杖とは先日の飲み会以来直接会っていなくて、全然話していなかった。久しぶりに話したいな。そう思ったら、酔っていたこともあって、迷わずに番号を押してしまった。
「もしもし」
「お、出た」
「どしたん、こんな時間に」
「飲んでて終電なくしてさ…彷徨ってた」
「どこで?帰れんの?」
「それが虎杖んちの近くでさ…もし大丈夫だったら、今から行ってもいいかなって」
「いいよ。どこいるん」
自分が頼んでおいてなんだけど、虎杖はいつも「いいよ」のハードルが低い。大抵のことは笑って頷いてくれる。だから一緒にいて心地が良いのかもしれない。
虎杖はコンビニに行くがてら迎えに来てくれるという。まだ飲めるならおれに付き合ってよ、と頼まれたのにはもちろん快諾した。もうすぐ日付が変わろうという頃だった。

コンビニ前で待っていたら、グレーのスウェットにサンダルを履いた虎杖が手を振りながらやってきた。
「わざわざごめん、こんな遅くに」
「おれも映画観ててさ、喉乾いたなーって思ってたから、ちょうどよかったよ」
「なんの映画?」
「ミミズ人間シリーズ」
「……なにそれ」
「やっぱ知らんか」
何を思い出したのかはわからないけれど、虎杖は楽しそうに笑っている。そういえば映画鑑賞が好き、って言っていたっけ。彼女と観たりするのだろうか。ミミズ人間、は女子が好まなさそうだけど。

虎杖の家は駅近くの、クリーム色の小さなマンションだ。一年前くらいに二度来た。たしか、仲良し五人で宅飲みしたんだっけ。だんだんと思い出してきた。
片付けてない、と言われていたものの、部屋はシンプルで物が少なく、綺麗に整えられていた。
「腹減ってる?」
「うん、全然食える。なんか作んの?」
「チャーハン」
そういや自炊するんだっけ、の質問に、まあぼちぼち、と答えながらテキパキと調理器具や材料を用意していく虎杖。なんというか、そこはちゃんと料理するヤツの台所で、だいたい冷蔵庫に水と缶ビールしか入っていない俺とは全然違った。二人で缶を開けて、軽く乾杯する。片手で缶を傾けながら、虎杖が料理を始めた。それを隣で眺めることにする。
「座ってていいんよ?」
「いや、なんか見てるの面白いから」
コンロの横に置かれた調味料棚には、一般的に料理に使いそうな物がちゃんと揃っている。その中に、ピンク色の塩とか、横文字のスパイスのようなものとか、おおよそスーパーでは売っていなさそうな物もあるのが気になった。
「こういうのって、どういう時に使うもの?」
「いや…おれもあんまわからん」
「え、そうなの?」
「けど、旅行先でテンション上がって買っちゃうんよね、こういうの」
表情を見たらすぐわかるようになった。彼女との旅行先で楽しくて思わず買ってしまった、謎のスパイス。つまりそういうことだ。
「せっかく買ったしちゃんと調べてなんか作ってあげようとはしてんだけど……あ、ごめんコショウ取って」
「あ、うん」
「ありがと」
「…あのさ、彼女さ、よく来んの?」
「うん、たまに」
フライパンを軽く振りながら、虎杖がさりげなく答える。
玄関に置かれたかわいらしいスリッパ、洗面所に並べられた二本の歯ブラシ、そして綺麗に洗ってしまわれているペアのコップ。特に何も言わなかったけど、確かに彼女がここに来て、虎杖と過ごしている形跡がたくさんある。きっとしょっちゅう来ているのだと思った。
「ほい、虎杖特製チャーハン」
「うわ、美味そう」
「ビールもう一本開けるか」
「いいね」
テーブルに皿やコップなども運び、二人でソファーに座る。先ほどまで観ていたのであろう、ミミズ人間4が一時停止のままになっていた。さすがに違うの観る?と苦笑いした虎杖が、テキトーに面白そうな映画を見繕ってくれる。
「てかさ、虎杖の抱えてるそれなに」
「ん?なんとかっつーポケモンよ、たぶん」
「お前も知らんのかよ」
「けどさ、かわいくない?これ」
特大のポケモン(俺も名前がわからない)のぬいぐるみを抱えて微笑む虎杖。
「こないだゲーセンでさ、どうしてもほしいって言われて」
話に主語がないときは、彼女のこと。だんだんそれがわかってきた。
「最初はデカすぎて邪魔かな、って思ったけどさ、でも一人のときこういうのあると落ち着くんよ」
「…そっか」
「楽しかったな、って思い出せるのっていいなって」
眩しい。だいぶ酔っ払っていることも手伝って、その眩しさが心に染みる。
彼女がここで過ごすための日用品たちも、不思議な調味料も、名前のわからないデカいぬいぐるみも。それは虎杖が彼女を思い出し、優しい気持ちになれる大切なものたちなのだろう。
「虎杖ってさ、」
「うん」
「彼女のこと、大好きだよな」
俺が思わず溢した言葉に、虎杖は特に驚きもせず、でもあの特有の穏やかな笑顔になった。
「うん、そう、大好きなんよね」
「そうかあ」
大好きなのが一番いい。そうだよな。
「どしたん、その顔」
「虎杖に幸あれ、って顔」
「……そう言われると、なんか照れっけど」
もう少し飲む?どちらかともなくそう言って、また冷蔵庫から缶ビールを調達した。

虎杖の話に耳を傾けたり、俺の飲み会の話を聞かせたり。そんな風にして、随分のんびりなスピードで、夜は更けていった。

2026-02-07