永遠の作り方

「あ」
冷蔵庫を開けたら、ものの見事に空っぽだった。冷たい機械音だけが、申し訳なさそうに部屋に響いている。
そういえば、最後にスーパーに行ったのはいつだっただろう。
「どした?」
「……ごめんね、晩ごはん作れない」
思わず漏らしてしまったわたしの声に反応して、悠仁くんが様子を見にやってくる。
ミネラルウォーターのペットボトルと調味料、そして食べかけのチョコレート。それしか残されていない冷蔵庫を見て、悠仁くんも苦笑いする。
「そうだった、ごめん全然買い物行けてなくて」
「ううん、わたしもバタバタしてたから」
これまでの生活を、空っぽの冷蔵庫が物語っているみたいだった。そう、最近お互い忙しかった。料理する時間なんてなくて、外食やコンビニで済ませたり、もう疲れ果てて食べない日もあった。ただ朝はおはようとだけ交わして、夜はおやすみと言えないまま別々に眠る。二人揃ってスーパーに行くことなんて絶対に不可能、そんな日々がしばらく続いていた。寂しいと伝える暇もないような、そんな日々。ようやく忙しさの波が落ち着いて、明日二人ともお休み、という夜。
「…スーパー行かなきゃ」
反射的につぶやいた。ちゃんと時間ができたから、ちゃんと買い物に行って、料理しなきゃ。ちゃんとできなかった生活を思い返すと、罪悪感でいっぱいになって、今すぐ少しでも取り戻したくなる。時計を見ると、もうすぐ九時。急がないとお店が閉まってしまう。
「#name#、待って」
財布を取りに行こうとしたわたしを、彼の腕が留めた。
「無理に料理せんでいいよ、なんか食べに行こう」
「……でも」
「おれさ、行きたいラーメン屋あんの。付き合ってくれる?」
「……うん、…」
わたしの妙な焦りは彼に伝わっていたようで、でもそんな必要はないのだとやさしく諭してもらったような気がして。頷くと彼は嬉しそうに笑って、今日は俺のおごりね、と言ってくれた。
そうしてふたりで上着とスマホ、財布だけ持って外に出る。ひんやりした空気と秋の匂い。ゆっくり夜の空気を吸ったのはいつぶりだろう。もう夏が終わろうとしていることに、ようやく気がついた。
街灯に照らされる夜道を、手を繋いでのんびりと歩く。まるで空白を埋めるように、この数週間に起きたこと、出会ったひとのこと、感じたこと、嬉しかったこと嫌だったこと、たくさん話をした。
溜まっていた疲れや気持ちのどんよりした部分が、じんわりとお湯に浸かったみたいに溶けてほぐれていく感覚になる。そうしてようやく、自分がずっと寂しかったことを思い出した。本当は毎晩、ぽつりぽつりと話をして、明日も頑張ろうねと言い合って、そしてキスをしてから眠りたかった。
悠仁くん、わたし寂しかったよ。
見上げた彼の表情はそれをとっくにわかっている顔で、俺も寂しかったよ、と表情で教えてくれた。
「ラーメン屋さんって、ここ?」
「うん。覚えてる?」
「……ずっと前に一緒に来た?」
「正解。付き合う前だけど、すげー夜に一緒に来たんよ」
そう言われてなんとなく思い出した。数年前、まだ友達同士だったとき。そのときもわたしは忙しくて疲れ果てていて、一緒に美味しいものを食べよう、と言ってくれた彼の誘いに乗って、このお店に来たのだ。誰かとあたたかいご飯を食べたのがひさしぶりで、思わずその場で泣いてしまったんだっけ。
「そう、ラーメン食べながらぽろぽろ泣くから、俺めっちゃ焦って」
「ごめんね、びっくりしたよね」
「でもさ、それで付き合いたいって思ったんだよなって思い出して」
「え、…そうだったの?」
「その前から好きだったけど、この子ひとりにすんのはよくないってちゃんと思って。だからそのあとすぐ好きって言ったんよ」
付き合えることになってよかったと、やさしい顔をする彼を見て、わたしは思わず繋いだ手をぎゅっと握る。すぐに、同じくらいの強さで握り返される。それがとても嬉しかった。
遅い時間にも関わらず、お店の中は賑わっていて、わたしたちはカウンターに並んでラーメンを食べた。たぶんあのときと同じ席で、同じものを頼んで食べて、そしてわたしは同じように、じんわり涙がにじんだ。
あの時も、今と同じようにお互いたわいない話をして、たくさん笑って、ああこのひとのことが好きだなとじんわり思って、ずっと一緒にいられたらいいのにと祈ったのだ。
「#name#、また泣いてる」
「だって…、一緒にこうやってご飯食べれて、うれしくて」
「うん、おれも嬉しいよ」
彼の手が伸びてきて、人差し指でわたしの涙を拭った。ひさしぶりに落ち着いたきもちで、好きなひとと食べるごはんは美味しくて、心までぽかぽかとあたたかくなる。
美味しい、と言うと美味しいね、と返ってくるのが嬉しい。そんなに好き?と笑われるくらい、わたしは何度も彼に話しかけた。

たくさん食べて、お店を出る。冷たい風が頬をするりと撫でた。来た道を、同じように手を繋ぎながらゆっくり戻る。
「悠仁くん、」
「ん?」
「美味しかった。ありがとう」
「ん、またいつでも来ような」
「…うん」
「…ん?どした」
「忙しいときって、ネガティブにならない?」
「んー、そうかも、確かに」
「わたし……忙しくて、悠仁くんと本当にずっと一緒にいられるのかなって、不安になっちゃってた」
そうつぶやいたら、また忙しかった日々の記憶が蘇ってくる。ほとんど会話もできなくて、ごめんねもありがとうも伝えられなくて、相手の気持ちを確かめることもできない日々。
「なーに、そんなこと考えてたん?」
「また忙しくなったら、次もそんなこと考えちゃうのかなって思って」
「そっか……不安?」
わたしが頷くと、悠仁くんはふと笑って、立ち止まった。
「じゃあさ、#name#は明日も俺のこと好き?」
「うん、好き」
「おれも。で、明日もおんなじこと聞くから」
「…うん、」
「毎日さ、明日も好きだなって思うの積み重ねたらさ、ずっと一緒にいられると思わん?」
「……思う」
「でしょ。そんなに難しく考えんで」
そう言ってわたしに笑いかける彼の表情は、ほんとうに、ほんとうに世界一やさしいと断言できるくらい、柔らかくてあたたかで。そしてこのひとはわたしのことがほんとうに好きなのだと、それがわかったから、鼻の奥がツンとして何かが溢れそうになるのを、なんとか我慢した。

永遠は、今日や明日の延長線上にあると、彼は言う。

目の前にいる彼のことを、明日も必ず好きだと思える。
繋がれた手に力を込めたら、同じようにあたたかさが返ってくる。
それだけで十分なんだと、月明かりの下、ぼんやりと思う。

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2026-02-07