朝、眠りから覚める瞬間。
隣にいてくれてるかなって、そう考えながらまぶたを開けている。
その日はちょっと肌寒い朝で、寒気を感じて目が覚めた。自分自身をよく見たら、上はスウェットを着ているものの、下半身は下着だけ。でも近くに着るべきものが見当たらない。
カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しい。目の前には穏やかな表情で眠る悠仁くんがいて、わたしは一旦服を探すのを諦めて、彼を起こしてしまわないよう、息を潜めてその静かな寝息を聞いていた。いつも悠仁くんのほうが先に起きていることが多くて、こうして寝顔を見ることができるのは珍しいから。
ピンク色の柔らかい髪は朝日に透けて、肌は日を反射して白くぼうっと光っている。こんなことを男の子に思うのは変かもしれないけれど、でも天使みたいだなと、本当にそう思う。すやすやと眠ってくれていて、嬉しい。彼は眠りが浅い方で、あまり楽しくない夢をよく見ることも知っているから。
やさしくてあたたかいものを見ていたせいか、なんだかまた眠くなってくる。もしこのまままだ彼が起きなかったら、もう一度寝ようかな。そんなことをぼんやり考えていたら、目の前の瞳がそっと緩やかに開いた。茶色くて吸い込まれそうな、明るい瞳。
「おはよう、悠仁くん」
「…ん、おはよ」
そうやって目が合ってすぐ嬉しそうに笑ってくれる彼を見て、心が安らぐ。
「もう起きてたん?」
「うん、なんとなく目が覚めちゃって」
「そっか」
布団にくるまったまま、悠仁くんはわたしを抱き寄せた。ちょうど胸に埋まるかたちになると、彼の甘い匂いがわたしを包む。やっぱりやさしくて、あたたかい。悠仁くんはわたしの髪に鼻を押し当てて深呼吸している。
「髪、いい匂いする。なんか前と違わん?なんの匂い?」
「金木犀だよ。最近シャンプー変えたの」
「んー、おれめっちゃ好き」
そう言いながらわたしのつむじのあたりをまた吸い込むようにかぐので、だんだん恥ずかしくなってきてちょっと抵抗したら、悠仁くんは嬉しそうに笑った。
「そういえば身体、平気?痛くない?」
「うん、大丈夫」
その言葉で思い出されるのは昨夜のこと。
本当は腰がだるくて、お腹の奥も少し痛いような気がするけど、ただそれだけ。不快な感覚ではなかった。
悠仁くんのごつごつした手のひらが少しずつわたしの身体に触れる。冷気で冷たくなった肌に丁寧に自分の体温を移すように、痛いところがないかちゃんと確かめるように、緩やかに肩、腕、腰、と移動する。昨日の熱くて激しい触り方とは違う、やさしくて柔らかなそれに、また眠気がやってくる。
「朝こんなにさみーなんて思わなくて、ちゃんと着せてから寝ればよかった。ごめんな」
「大丈夫だよ、…悠仁くんあったかいから」
「いや…」
「うん?」
「おれ的にさ、これはラッキーな状況ではあるんだけど、やっぱ下なんか着て…」
あまりに照れた表情で言うからなんだかこちらも恥ずかしくなってきて、わたしは手探りで布団の合間を探し、ようやくショートパンツを見つけ出した。ごそごそと布団の中で履いて、また彼の胸にうずくまる。悠仁くんは湯たんぽみたいだ。
もう冬だねえとぼんやり呟いたら、頭上から小さくうん、と返ってきた。こんな風に、いつの間にか寒くなったねなんて会話するのは何度目になるだろう。去年も一昨年も、同じような話をしたような気がする。
時計を見たら、もう九時を過ぎていた。いつもならせっかくの休日だからと早起きをするのだけど、季節の変わり目で疲れていたのかもしれない。
「どうする?もう起きる?」
「んー…、まだ起きたくない」
「じゃあなんかあったかいもん飲もっか、おれ持ってくるから」
「うん」
「ホットミルク、はちみつ入り。どう?」
「飲む…」
顔をうずめたままぼそぼそと返事をしたら、そんなわたしをなだめるように悠仁くんの手が背中に回って、とんとんと一定のリズムを刻む。心地いい。
「あ、そうだ」
「……うん?」
「今日はさ、特別にベッドで朝ごはん食べちゃお、おれが作るから」
「…いいの?」
「だって最近、ずっと頑張ってたっしょ」
悠仁くんはいつでも本当にやさしいけど、時々こうやって、うんと甘やかしてくれる。そのタイミングをいつも見逃さなくて、わたしがちょっと疲れているときとか、落ち込んでいるときに必ずそうしてくれるのだ。
ちょっと待ってて、と言いながら、彼は一度だけわたしのおでこに唇をやさしく押し当てて起き上がった。床に落ちていたパーカーを拾って被りながらリビングへ向かう背中を見送って、わたしはもう一度、彼の匂いのする布団にくるまる。
今日も新しい一日が始まる。
それを感じる瞬間、目が覚めるとき。いつもとなりにいてくれるのが嬉しい。たったそれだけのことで、いい一日になりそうな気がするから。
今日も楽しい一日にしような、と語りかけてくれる声を、目を閉じながら思い出す。
なんだか安心して、とろけるような眠気がやってくる。朝ごはん、なにかな。そんなことを考えていたら、あっという間にまどろみの中に吸い込まれていった。
はちみつとミルクの甘い香りと、トーストの香ばしい美味しそうな匂いで目が覚めるまで、あと十五分。