現場で起きた理不尽なごたごたと、無駄に長引いた処理。普段なら受け流せるような些細なことにもイライラが募る。足取りは重い。
夜風はすっかり冷たくて、ポケットに突っ込んだ拳に思わず力が入る。結局、こんな時間だ。
マンションのエレベーターを降り、暗い廊下を進む。
ポケットから鍵を取り出して鍵穴に差し込んだ。カチャリと静かな金属音が響く。
ドアノブに手をかけ、そっと静かに引き開けた。すでに廊下も部屋も、真っ暗だ。
「あー……クソ、」
思わず呟いてしまった。意外にもデカい声が出る。
彼女はきっともう、寝てしまっているだろう。そう思って油断した。その時、パッと廊下の明かりがついて、寝室のドアからかわいい顔が覗いた。
「おかえりなさい」
「……っ、起きてた?」
「うん、待ってたの」
靴を脱ぎ捨て、駆け寄った。別に俺は上品な人間でもなんでもないけど、まぁ普段は結構口が悪いかもしれんけど。それでも彼女にあんまり強い言葉は聞かれたくない。
その両耳に、そっと手を当てて塞いだ。彼女の顔は、俺の手にすっぽり包まれてしまう。
「……今の聞いてた?」
「うん。クソ、って言ってたね」
心臓をバクバクさせながら尋ねると、素直なかわいい顔にそう言われてしまった。
「………ごめん、忘れて」
耳を塞いでいた手を下ろし、彼女の肩に顔を埋める。
「ど、どうしたの?」
「クソって言っちった。………ごめん」
「謝らなくてもいいよ」
「いや、……ほら、よくない言葉だから」
まだ顔を上げない俺に、彼女は笑った。その小さい手が俺の髪をふわふわと撫でる。
「そんなことで別に嫌いになったりしないよ」
「……うん」
「悠仁くん、疲れてるんだよね、頑張ってるもん」
「………もう」
「うん?」
「かわいいし、やさしいし、ずるい……」
「ふふ、…ねえ、ご飯食べた?」
「んーん、まだ。……腹減った」
「美味しいご飯あるよ。食べよう」
「ん。あとさ、風呂…」
「沸いてるよ。食べたら入る?それか、今入ってきたら?」
「……そうじゃなくて」
「うん?」
「……一緒に入りたい」
そこで顔を上げると、彼女はやさしく笑った。
「うん、いいよ。わたしも頑張ってる悠仁くんと一緒に入りたい」
彼女の髪からはすでにシャンプーの匂いがする。それでも、そうやって俺のわがままを聞いてくれることが嬉しかった。
「………今日、ほんとクソでさ。遅くなってごめん」
「ううん、大丈夫だよ」
やさしい手に撫でられながら、少しだけ今日の話をした。彼女は「それはクソだねえ」と言って笑った。かわいい。