「……変じゃなかった?」
熱帯夜。
肌がまだ火照っている。お互いの汗は乾ききっていなくて、触れたところがじんわりあたたかくて、心地良いだるさが襲ってくる。それに抗えず、一瞬だけ目を閉じようとした時だった。彼女が小さく呟いた。
「……変なわけないっしょ、めちゃくちゃかわいかった」
そういえばついさっきも同じことを聞いてきたのに、また聞くから。さらに強く抱き寄せた。
「どした、なんでそんなこと聞くん」
「……だって、…」
そこで彼女の言葉は止まる。別に最後まで聞かなくてもなんとなくわかるから、背中をとんとんさすってみる。
「かわいかった。かわいくてかわいくて、おれしぬとこだったよ」
唇が触れると、彼女の体が小さく震える。その震えがくすぐったくて、でもいとしくて、キスの時間が自然と長くなる。
今夜は付き合って初めての、セックスだったから。
変じゃなかったかと何度も聞く理由はきっとそれだ。緊張で固くなる彼女の身体や表情をゆっくりゆっくりほぐして、焦りそうになる自分の下半身をなんとかコントロールして、無理させないように進めたつもりだった。
変なわけ、ない。
初めて見る、初めて触れる彼女の身体は柔らかくてあたたかくて、これまで脳内で再生していたどんな想像よりもかわいくてえろくて。目尻から溢れる涙も漏れる声も全部、本当に全部がかわいかった。想像なんか簡単に超えられてしまって、正直俺は途中からわけがわからなくなった。むしろ俺の方が変だったと、思う。
「かわいかったとこ、具体的に言おうか?」
目にも心にも焼き付けたやつ。ちょっと意地悪な顔をしてみる。
「……は、恥ずかしいからいい…」
彼女は俺の胸にうずくまって、でも安心したように目を細めて笑ってくれた。かわいい。
「……どっか痛くねえ?大丈夫?」
「うん、大丈夫」
少しだけ視線を逸らしながら言うその顔が、どうしてもいとしくて、思わず額を合わせる。
付き合ってからずっと、こうしたかった。触れたくてたまらなかった。
「おれのこと受け入れてくれて、ありがと」
「……ううん、わたしも」
「………なんかさ、」
「うん?」
「好きで好きで仕方なくて、だから我慢できんくて、こうしたけど」
「…うん」
「全然好きが、収まらんくて。むしろ、もっと好き、いま」
言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなる。彼女は照れたように笑って、でも不安げに目を逸らした。
「……わたしも、だよ」
小さい声、その言葉が、夜の空気を震わせた気がした。
生ぬるく肌を撫でるエアコンの風。汗は乾きかけている。今何時なんだろう。必死すぎて、時間がわからなくなった。
そっと彼女の頬を指先でなぞる。目尻はまだ赤くて、熱を帯びていた。さっき泣いた跡が少し残ってる。
「泣かせてごめんな」
「……泣いてない、よ」
「泣いてたよ、かわいかった」
恥ずかしそうに目を伏せて笑う顔が、またかわいくて。今日何回言ったっけ。
「なんでそんなかわいいん」
「……かわいくないよ」
そう言いつつ、また笑ってくれる。笑うと、俺の心臓はいとしさで痛くなる。好きすぎて苦しい。
彼女の髪を耳にかけて、顔を近づけて、ほんの少しだけ触れるように唇を重ねた。
今夜はもう、あとはキスだけで大丈夫、と思ってたけど。満たされるどころか、もっと欲しくなってくる。
「……あのさ」
「…うん?」
「また、したい」
そう打ち明けてみると、彼女の瞳がゆらゆらと揺れる。
「……いま?」
「うん、いま」
「……まだ、できるの?」
「うん」
即答した俺に、彼女は困ったように笑う。ごめん。落ち着いたはずの熱はすぐに復活してきて、鼓動が速くなる。なんでこんなに好きなのか、どうして彼女じゃなきゃダメなのか、論理的なことは何もわからない。いつもわからない。好きなところは何個だって言えるけど、そんなことを知る前から好きだった。触りたい、気持ちよくしたい、ずっと一緒にいたい、しあわせでいてほしい。そういう感情はすぐに溢れそうになって、いつもこの子にぶつけたくなってしまう。
「…悠仁くん」
「ん?」
「……やさしくしてね」
ずるい、かわいい。何も抵抗できない。もう全部、俺のせいで構わない。悪いのは俺だ。彼女のその言葉を合図に、もう一度、唇を重ねる。さっきよりも深く、長く、息が漏れる音が小さく響く。
「……また泣かせたら、ごめん」
「…な、泣かないよ」
「ほんと?」
「泣かないもん」
「泣かせる自信ある」
「……悠仁くんのばか」
「うん、ごめんな」
額を合わせて笑い合う。彼女の瞳には、俺だけが映ってる。一生、俺だけが映っていてほしい。大事にしたい。この夜を、忘れたくない。キスの合間に小さく笑う彼女から、何度も「好き」が漏れてくる。そのたびに胸の奥が熱くなって、「おれも好き」と返すけど、それは身体の奥の疼きと重なって、どんどん求めたくなってしまう。
「やさしくしてね」
もう一度囁いてくれたその言葉に、俺は静かに頷いた。このまま夜が明けなくてもいい。そう思えるくらいの、熱だった。